はじめに
2026年現在、イランでは全国規模の反政府デモ、物価高、通貨暴落、インターネット遮断、治安部隊による強硬鎮圧が同時進行しています。ニュースでは「核問題」や「アメリカとの対立」が繰り返し報じられますが、本当の問題はもっと根深いところにあります。
それは――核疑惑をきっかけに始まった経済制裁が、イランという国家の体制・経済構造・外交姿勢そのものを作り変えてしまったという事実です。
2006年以降、EUとアメリカの制裁は原油輸出と金融を直撃し、イラン経済を崩壊寸前まで追い込みました。2015年の核合意で一度は緩和の希望が見えたものの、2018年の米国離脱で状況は逆戻り。そして2025年以降、米国の軍事攻撃・制裁強化・強硬発言が重なり、国内不満はついに爆発しています。
本記事(Part.3)では、
- なぜ制裁は「核対策」から国家経済の締め上げに変わったのか
- 制裁後、イランの体制と経済はどう変質したのか
- 核合意はなぜ崩壊したのか
- アメリカは2026年現在、イランに何をしているのか
を軸に、**「なぜイランは屈しないのか」「なぜ対立は終わらないのか」**を構造から解説します。
Part1,Part2は以下の記事となります


2006年以降:EUとアメリカの経済制裁に至るまでの経緯
2006年以降に発動された国連制裁は、当初は比較的限定的な内容でした。制裁の中心は、核兵器や弾道ミサイルへの転用が可能な技術・物資を遮断することで、ウラン濃縮や関連研究を直接的に抑え込むことにありました。資産凍結や渡航制限も、主として核・ミサイル計画に関与する個人や組織に限定されており、一般市民や通常の経済活動への影響は、まだ小さいものでした。この段階での制裁は、「核開発を止めるための技術的・法的圧力」という性格が強かったのです。
しかし、こうした国連制裁だけでは、イランの核政策を転換させるには不十分だと判断されるようになります。そこで主導権を握ったのが、国連安全保障理事会 の枠組みを超えて行動できるアメリカと欧州でした。彼らは、核関連分野だけを制限しても、イランが政策を変えない以上、圧力の効果は限定的だと考えました。この認識から、国連決議とは別に、より広範で強力な「独自制裁」を重ねる方向へと舵を切ります。
独自制裁の中で最も象徴的だったのが、原油輸出への圧力です。イラン経済は国家歳入の大部分を原油輸出に依存しており、原油は単なる産業ではなく、国家財政そのものでした。そこで、イラン産原油の輸入制限や、輸送・保険への制裁が実施され、「原油はあるが売れない」「買い手がいても運べない」という状況が生み出されました。これは、核開発に直接関係しない分野まで制裁を広げ、国家全体に痛みを与えることを意図した措置でした。
さらに制裁は、金融分野へと拡大していきます。原油制裁だけでは、第三国を経由した取引や現物交換といった抜け道が残るためです。国際送金や銀行取引が制限されることで、イランは「取引は成立しても、代金が動かない」「必要な物資を買いたくても支払えない」状態に陥りました。これは経済活動の血流そのものを止める措置であり、制裁は単なる圧力ではなく、経済の作動を妨げる手段へと変わっていきました。
こうして2006年から2010年にかけて、制裁の性格は大きく変質します。もともとは核開発を止めるための限定的な対応だったものが、次第に経済全体を締め上げ、体制内部に政策転換を迫る「経済包囲」へと転換していったのです。標的は核計画から国家全体へ、手段は技術規制から経済封鎖へ、目的は核停止から意思決定そのものの変更へと移行しました。
この変化は、イラン側に強い影響を残しました。制裁は核問題を超えて主権そのものを脅かすものと受け取られ、「譲歩しても圧力は弱まらない」という認識が広がります。その結果、イランは制裁に耐える経済構造を重視し、核能力を完全に放棄するのではなく、交渉力として保持し続ける戦略を選ぶようになりました。2006〜2010年は、制裁がイランの外交姿勢と国家戦略を決定的に形作った転換期だったと言えます。
経済制裁でまず起きたこと

外貨が入らなくなった
制裁の最大の打撃は、イランの外貨収入が激減したことでした。原油は採れても売れず、売れても代金を受け取れない状況が生まれます。国際送金や銀行取引も制限され、輸入に必要な決済が滞りました。その結果、通貨は急落し、輸入物価が上昇、インフレが慢性化します。経済は「成長できない」だけでなく、「維持するのも難しい」状態に陥りました。
市民の生活が一番苦しくなった
制裁の負担は、まず一般市民にのしかかりました。物価上昇で生活費が増え、若者の失業率は高止まりします。一方で、制裁を回避できる一部の組織や人々は利益を得るようになり、格差が拡大しました。経済は公式ルートよりも、現金取引や第三国経由といった非公式経済に傾き、透明性は大きく低下します。社会には「我慢」と「不公平」が同時に蓄積されていきました。
市場経済から「耐久型経済」へ
イラン政府は、制裁下で市場に任せることを諦め、国家主導の経済運営を強めました。為替や価格を管理し、補助金で生活を下支えし、重要物資は統制します。これは効率の良い経済ではありませんが、短期的に社会崩壊を防ぐ効果はありました。イラン経済は「豊かになる仕組み」ではなく、「壊れない仕組み」へと設計が変わったのです。
制裁後の脱却について
制裁を前提にした経済構造への転換
イランは「制裁がいつか終わる」という期待を捨て、制裁が続く前提で経済を組み直しました。
国内生産の拡大、代替輸入、技術の内製化が進められます。質は必ずしも高くありませんが、「自分たちで回せる最低限の経済」が形成されました。
これは成長ではなく、持久戦のための再設計でした。
非西側との関係強化
イランは、欧米市場への復帰が難しいと判断すると、アジアや周辺地域へと軸足を移します。中国、ロシア、近隣国との取引を増やし、通貨や物々交換、第三国経由の取引も活用しました。
これによって完全な孤立は避けられ、最低限の貿易網が維持されました。
制裁国家としての成熟(2010年代)
核問題をめぐる制裁は、イラン経済に深刻な打撃を与えました。
しかし同時にイランは、
- 制裁回避ネットワーク
- 自国産業育成
- 非公式経済
を発展させ、
**「制裁に耐える国家構造」**を作り上げていきます。
2015年の核合意は一時的な希望を生みましたが、米国の離脱により再び失望が広がりました。
2015年の核合意
2015年に成立した 包括的共同行動計画(核合意)は、イランにとって単なる外交合意以上の意味を持っていました。
それまでの制裁は、原油輸出・金融・投資を同時に封じる「経済包囲」でしたが、核合意はそれを制度として解除する初めての枠組みだったからです。
イラン側は、核活動を厳しく制限し、国際査察を受け入れる代わりに、制裁が体系的に外れると期待しました。これは「努力すれば報われる」というメッセージとして受け止められました。
合意直後、実際に何が変わったのか
合意発効後、制裁は段階的に解除され、原油輸出は回復し、凍結資産も一部が解放されました。欧州企業が再びイラン市場に関心を示し、航空機購入やエネルギー分野での契約も進みました。
イラン社会では、「普通の国に戻れるかもしれない」「制裁の時代は終わるかもしれない」という空気が広がります。とくに都市部の中間層や若者にとって、核合意は未来への扉に見えました。
なぜイランは合意を「守った」のか
重要なのは、合意期間中、国際原子力機関 が繰り返し「イランは合意を履行している」と確認していた点です。
イラン政府は、「約束を守れば国際社会に受け入れられる」という前例を作ろうとし、核能力の制限という大きな譲歩を実際に実行しました。この段階では、合意は相互信頼の積み上げとして機能していたのです。
米国の核合意からの離脱
2018年、米国は核合意から一方的に離脱します。背景には、
- 合意が弾道ミサイルや地域影響力を含んでいない
- イランに「甘すぎる」という国内政治判断
- 政権交代による外交方針の転換
がありました。とくに ドナルド・トランプ 政権が、核合意を「悪い取引」と位置づけ、最大限の圧力政策へと切り替えます。
米国離脱がもたらした「失望」の正体
米国の離脱で制裁が復活すると、欧州企業も米国制裁を恐れて撤退しました。
イラン側から見れば、
「合意を守っても、制裁は戻る」「努力と譲歩が報われない」
という体験となりました。
今現在のアメリカからのイランへの対応
① 軍事攻撃・空爆などの直接行動
アメリカは2025年に、イランの核関連施設を空爆する軍事作戦を実施しました。
この作戦では、ナタンツやフォルドウなどの核関連施設が標的となり、大きな破壊が与えられたとされています。米国側はこの行動が核計画を遅らせる効果があったと主張しています。
これ以降、アメリカは軍事的圧力を一つの選択肢として公然と示しており、いざという場合の再攻撃も辞さない態度をとっています。米国上院議員らの発言でも、核やミサイル計画の進展があれば追加攻撃もあり得るとの見方が示されています。ایران اینترنشنال | Iran International
② 制裁の継続と強化
軍事面だけでなく、経済制裁も米国の中心的な圧力手段として維持されています。
アメリカ政府は引き続き「最大圧力(maximum pressure)」政策を採っており、イラン経済を締め付ける制裁を解除する意向は示していません。 特に、核やミサイルに関連する技術・団体・個人への制裁は強く、輸出入や国際決済の妨害を通じて経済的圧力が掛かり続けています。
外貨獲得への打撃も持続させ、イラン国内の経済危機を深刻化させています(物価高や通貨下落、抗議につながっているという分析あります)。
③ 外交上の威嚇と牽制発言
軍事力や制裁だけでなく、アメリカの指導者は言葉による圧力も続けています。
たとえば、
- トランプ大統領が、イランで抗議者が暴力的に扱われれば「厳しい対応」をする可能性を示唆するなど、威嚇的な発言をしています。
- 議会内でも「核やミサイル計画を進めれば再攻撃すべき」との発言が出ています。https://www.iranintl.com/en/202601063398
こうした発言は、外交交渉の可能性を狭める効果があり、イラン側の反発と警戒を強めています.
現在の交渉状況と対立の枠組み
2025年に核交渉が再開されたものの、行き詰まったままです。
合意なしで米国は強硬・制裁政策を続け、イランは条件を拒否しており、緊張状態が継続しています。
アングル:デモ沈静化に手を焼くイラン、米ベネズエラ攻撃で「次の犠牲者」懸念も 反政府デモの波が広がるイランでは、トランプ米大統領が抗議活動への介入の可能性を示唆して以降、当局の対応が試されている。当局 jp.reuters.com
両国ともに「対話は可能だ」と言及しつつも、具体的な交渉は停止し、安全保障と核の問題で隔たりが大きいままです。
2026年1月10日現在の状況
イランで起きている抗議デモと国内情勢(2025–2026)
2025 年 12 月末、イラン国内で 物価高騰・経済悪化に対する抗議デモ がテヘランのグランドバザール(商業地区)を中心に始まりました。この波は急速に国内各地に拡大し、現在では 全 31 州規模の広範囲な抗議運動へと発展しています。抗議は当初、通貨リヤルの急落やインフレ、生活費負担の増加に対する不満が発端でしたが、政治体制そのものへの不満や改革・体制転換を求める声へと変化していることが複数の報道で確認されています。これまでの抗議運動と比較しても、規模・範囲ともに拡大していると伝えられています。
インターネットの遮断
治安当局は抗議の拡大を抑えるため、インターネットを全国的に遮断する措置を実施し、通信や情報伝達の制限を行っています。この遮断は 2026 年 1 月 8 日頃から進行しており、主要都市でのインターネット使用が著しく低下していることが報告されています。遮断は抗議活動の拡散を阻止する目的とみられ、過去の抗議(2019 年、2022 年など)でも同様の通信規制が行われてきたことが確認されています。
抗議デモによる死傷者の増加
抗議活動と治安部隊との衝突は激しく、死者・負傷者が出ています。人権団体などの情報によれば、複数の抗議参加者や市民が治安部隊の武力行使で死亡し、数千人規模の逮捕が行われているとされています。また、治安当局は暴力行為や公共財の破壊に関与したとされる者に対して、厳しい刑罰や死刑の可能性のある処罰を警告する発言も出ています。こうした対応はさらなる社会的緊張を生み、抗議活動の継続を助長する一因と見られます。
抗議には学生や若者、都市部の住民など広い層が参加しており、スローガンや象徴的行動の中には 体制批判や王政支持の声 も混じっています。亡命中の元皇太子レザ・パーレビ氏が抗議を呼びかけるなど、既存体制に対する政治的要求が先鋭化している点が特徴です。
国際的には、米国などが抗議者支援を表明する一方、イラン政府はこれを「外国勢力の干渉」として強く非難しています。公式声明においては、政府は抗議を国内問題として扱うと強調しており、外部の介入を牽制する姿勢を示しています。こうした言説は、抗議の政治化と国内外の関係をさらに複雑化させています。
参考資料・出典
- The Guardian「New protests erupt in Iran as supreme leader signals upcoming crackdown」
https://www.theguardian.com/global-development/2026/jan/09/iran-supreme-leader-harsher-crackdown-protest-movement-swells - The Guardian「‘No future for us’: Disaffected Iranians say it’s now or never to topple regime」
https://www.theguardian.com/world/2026/jan/03/no-future-for-us-disaffected-iranians-say-its-now-or-never-to-topple-regime - TIME「Doctor says more than 200 reported dead in Tehran as regime opens fire on protests」
https://time.com/7345092/iran-protests-death-toll-regime-crackdown/ - New York Post「Iran’s top judge warns protesters of punishment ‘without any legal leniency’」
https://nypost.com/2026/01/09/world-news/irans-top-judge-warns-of-no-leniency-punishment-for-protesters-as-mosques-burn/ - Le Monde「Iran cuts internet as protest movement against regime grows」
https://www.lemonde.fr/en/international/article/2026/01/09/iran-cuts-internet-as-protest-movement-against-regime-grows_6749254_4.html - Reuters「Rights group says at least 16 dead in Iran during week of protests」
https://www.reuters.com/world/middle-east/rights-group-says-least-16-dead-iran-during-week-protests-2026-01-04/ - Reuters「Iran’s supreme leader to give speech about protests shortly」
https://www.reuters.com/world/middle-east/irans-supreme-leader-give-speech-about-protests-few-minutes-state-tv-2026-01-09/ - Reuters「Rubio expresses US support for Iranian people」
https://www.reuters.com/world/middle-east/rubio-expresses-us-support-iranian-people-amidst-anti-government-protests-2026-01-10/ - Reuters 日本語版
https://jp.reuters.com/world/mideast/MRGLZZDPFJJPZGHNWUP4JM3YG4-2026-01-09/ - Reuters「Iran warns suppliers against overpricing or hoarding goods」
https://www.reuters.com/world/middle-east/iran-warns-suppliers-against-overpricing-or-hoarding-goods-2026-01-08/ - Wikipedia「2025–2026年イラン抗議デモ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/2025%E5%B9%B4-2026%E5%B9%B4%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E6%8A%97%E8%AD%B0%E3%83%87%E3%83%A2
終わりに
イランの核問題と制裁の歴史を振り返ると、そこに見えてくるのは「核そのもの」をめぐる対立以上に、国家の主権と生存をめぐる長い緊張の積み重ねです。
2002年以降、制裁は核開発を止めるための限定的な手段から、国家全体を締め上げる経済包囲へと変質しました。その過程で、イランは大きな犠牲を払いながらも、制裁に耐える国家構造を築き上げてきました。2015年の核合意は一時的に「対話による解決」の希望を示しましたが、米国の離脱によってその期待は裏切られ、イラン側には深い不信が残りました。
現在の緊張は、核問題だけでなく、「約束は守られるのか」「譲歩は報われるのか」という問いそのものが解決されていないことの表れです。イランを理解するには、制裁や対立の背後にある、この長い歴史的経験を踏まえることが欠かせないでしょう。
